20.11.30

カーライフ 

【日本の名車シリーズ5】  スバル 360 (1959)

いまからおよそ62年前の1958年3月3日、日本市場に個性的で愛らしい乗用車が登場しました。


それがスバルブランドの起源となった乗用車「スバル360」です。


この「スバル360」は、1955年に通産省が提示した乗用車の普及促進政策に呼応する形で開発されたもの。



当時の日本では、まだクルマといえば商用車がほとんどで、一般家庭にとって乗用車を持つことは夢のような時代でした。


そこで国産乗用車の開発/普及を進め、それにより日本の自動車産業を育成していこうという方針が打ち出されたのです。



手頃な価格で買えて、しかも小型で高性能なクルマという課題は技術的にも難しく、敬遠するメーカーも少なくはありませんでした。



しかし、航空機作りをルーツとするスバルは、その誇りと高水準の技術力をもって難しいテーマに挑戦。他社に先駆け「スバル360」を開発し、日本の自動車史上に大きな足跡を残したのです。



排気量356ccの強制空冷2サイクル2気筒エンジン。駆動方式は後輪駆動。そして車両重量385kg。随所に創意工夫をこらした「スバル360」は、4人乗りで最高速度83km/hを発揮しました。


しかも走行安定性、乗り心地、高速時の操縦安定性などは小型4輪車と比べても技術的には何等遜色はなく、自動車関係者および報道関係者は「世界水準をいくミニカー」と、こぞって絶賛されました。

スバル360は、スバルが1958年から1971年まで製造・販売した後輪駆動の2ドアシティカーです。スバル初の自動車として、12年間の生産台数は392,000台に達しました。



全体のサイズが小さく、車重が約500キロ、モノコック構造、スイングアクスル式リアサスペンション、グラスファイバー製ルーフパネル、リアヒンジドアなどが特徴的なこの安価な車は、第二次世界大戦後の日本政府の軽自動車や軽自動車の規制と、日本政府が提案した「国民車」に対応するために設計されたものです。



「てんとう虫」という愛称で親しまれ、最終的には後継車のR-2に取って代わられた360は、日本で最も人気のある車の一つで、2ドア、ステーションワゴン(「カスタム」)、コンバーチブル(ロールバック式の布製ルーフを持つセダン)、スポーツタイプの3種類が1世代で発売されました。



2ドアセダンのモデルコードはK111、ワゴンはK142と呼ばれます。因みに米国では1万台が販売され、マルコム・ブリックリンが輸入し、”Cheap and Ugly “と宣伝していました。



このスバル360は、航空機技術を応用した超軽量構造を採用し、また限られたスペースで必要な居住性を確保するための斬新なアイデアが数多く導入されました。


その結果、量産型の軽自動車としては史上初めて大人4人の乗車を可能とするとともに、当時の水準を超える走行性能を実現しています。



比較的廉価で、十分な実用性を備え、1960年代の日本において一般大衆に広く歓迎されて、モータリゼーション推進の一翼を担いました。ゆえに日本最初の「国民車(大衆車)」と考えられています。


同時に「マイカー」という言葉を誕生・定着させ、日本の自動車史のみならず戦後日本の歴史を語る上で欠かすことのできない「名車」と評価されています。



生産終了後も、1960年代を象徴するノスタルジーの対象として、日本の一般大衆からも人気・知名度は高い。


このモデルが初めての自家用車だったという中高年層が多いこともその傾向を強める一因となっています。



生産終了後約50年近く経過しているが、後期モデルを中心に可動車も少なくなく、愛好者のクラブも結成されていて、今もまれに路上を走る姿を見ることができます。


余談だが「熱中時代」というTVドラマで水谷豊さんの愛車がこのスバル 360でした。